小学一年生の頃の教室の風景を思い出せば、今なら「ADHD」とでも呼ばれるのであろう友達がゴロゴロいたことにすぐ気付く。僕のクラスにも授業中に教室内を自由に歩き回っていた同級生は何人かいて、その名前も顔もちゃんと思い出せる。ただ、そういう同級生に向けた自分のまなざしがどんなものだったかは覚えていない。少なくとも「自分とは違う変な人たち」と感じていたわけではなかったが。
そんな1年1組の教室に秩序をもたらしていた言葉がある。
「びんた」
これは僕にとって恐ろしい響きをもつ言葉だった。もちろん、僕だって親からびんたを食らったことは何度もあった。ただ、父も母もそれを「びんた」とは呼ばず、「ひっぱたく」と言っていた。田崎先生の口から発せられる「びんた」という言葉は、親の「ひっぱたく」という行為の10倍ぐらいのエネルギーをもっているように僕には聞こえていたのだと思う。
「思う」と書いたように、僕自身は修了式の日まで田崎先生の「びんた」を食らうことはなかった。それどころか、実際に誰かがされている現場を見たこともなかった。「びんた」はみんながいる教室では行われないのだ。
じゃあどこでなされるかというと、カーペット敷きのオープンスペースといわれる空間である。教室からは図工の道具やピアニカを収納した棚によって隔てられているこの部屋へ、授業中あまりに言うことをきかない友達は連れていかれる。そのちょっとの時間、先生と友達のいなくなった教室で、僕たちはじっとしていた。目隠しとなっている棚をこえてその様子を見ることはなぜか憚られた。「見るな」とは言われてなかったと思うが、誰も見ようとしなかった。ただ、誰かがひそひそ声で、「今、パーンって音した!」とか言ったりはする。
そんな具合なので、果たして本当に「びんた」がされていたのかどうかは未だにわからない。田崎先生は、この「びんた」という言葉だけで、現実の行動を伴わせることなく、秩序をつくっていたかも知れない。
ただ、半べそをかいて教室に戻ってくる友達の様子と、そのときだけ見せる微妙な表情をした田崎先生の顔は、今でも脳裏に焼きついている。
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